あなた様の崇高な思想と合わなければ 速やかにお去り下さりますように
がんばれ日本! 日の丸は国旗.君が代は国歌.民族の歴史は悠久

樺太.千島.竹島.尖閣の各諸島は日本の領土.取り戻しましょう

メガフロート諸島を 建設し国内需要で明るい未来を開拓しよう

談話.おちょくり塾
|____竹林問答塾



{嫌日に狂いし朝鮮諸国}に{ 情報開国を迫り}同胞の帰還実現!
◎特定通称を使用し発言し続ける思索行動で評価されるのがバーチャル言論界です。
□[危ない時代が最終段階にある]〜 多数の'嫌日日本人(日本国籍人)'の存在とその思考の根底にある 反日(嫌日)行動態度とそれを許容する甘ちゃん保守の存在の二つが問題拡大の原因なのです。 日本国家という屋台骨は毎日のように内側から白アリに毎日食い亡ぼされているのです。 { 深く静かに思索行動せよ!} [by aramar88(荒間宗太郎).H17.1.1]
Copyright by Aramar(荒間宗太郎) All Rights Reserved. AD.1999.7.1(紀2659/7/1)
推薦リンク集(emmanuelc.yuuna)


外国人参政権法案に断固反対します!
もっと危険な法案は{外国人住民基本法}を成立させることこそが、売国民主党の目的なのです。その外国人住民基本法とは・・・
わが日本が長年培ってきた「単一民族国家観」を廃し「他民族による日本人支配社会」へと方向転換することを大目的とする。不法入国者であろうが不法滞在者であろうが、三年間滞在すれば、永住権を与える。不法入国者であろうが不法滞在者であろうが、日本国内で出産した場合、その子供には永住権を与える。永住権を得た外国人は、どのような不法行為を行っても、国外退去処分はされない。永住資格者には地方参政権を与える。永住資格者には公務員になる資格を与える
くわしい条文.pdf
【外国人住民基本法】で日本納税者は皆奴隷と化してしまうほどの悪法です。この悪法の元凶は「円より子議員」が推進しているのです。これはこれまでの闇法案全てを網羅集大成した法案でまさしく日本人弾圧法案です。外国人参政権だけでなく戦時賠償・移民促進・三年在留で犯罪者も無罪放免・重国籍付与・外国人が公務につくこと・政治家になる権利・政治家になる権利等、権利付与のオンパレードです。日本人には外国人に対する徹底した監視と差別行為に対する処罰・投獄も付帯事項に入れようとしています。民主党、公明、社民、共産はこの法案成立に全精力をかけるため内容の重複する外国人参政権をとりさげたのが真相です。




題名:{うぇっぶ教科書を考える会}は何を目指しているのか?

               氏名:荒間宗太郎/H15/10/29(20:29)/No:94


 我が{うぇっぶ教科書を考える会}は何を目指しているのか?
それは昭和四十年代のあの日に立ち戻ってもう一度未来を考えてみませんか? という問いかけにある。

今の我が国の惨状の根本原因は経済的奴隷制の「プラザ合意」と自主思想の放棄の「近隣諸国条項」にあります。もちろん経済的奴隷制などという制度も言葉もありません。それは自主的な独立ではなく協調して経済運用を行おうとする条約の中身を裏から見た場合のことです。{協調}とは名ばかりの我が国を世界経済のATMとして活用していこうとするのに等しい内容なのです。また、近隣諸国条項はまともな人なら言っているように、我が国の歴史観を著しく歪めていると思います。この二つがまだ我が国になかった頃のあの日から今度こそ間違わないように舵取りをしたい。

左翼もいた右翼もいた百家騒乱のあの時代こそが、実は我が国の長い歴史をうまく表現していた時代なのではないでしょうか。あの古今和歌集の時代、柿本人麻呂は和歌を詠みました、たいして大津の皇子は漢詩を詠んでいました。和風文化を平民が洋風(中原)文化を皇室の一員が好んでいたのです。いつもいつも和風文化が好まれていたわけではなかったのです。それが我が国の文化風土なのです。あの昭和四十年代もまた、和風の勃興と同時に米国に代表される西欧文化の華々しい開花の時代でした。そして、それで良いのだ、それこそが我が国の数千年にもわたる文化風土なのだ、と思うのです。

大らかな歴史観に彩られたところなのです。中道保守ばかりではなく、中道左派も何なら(民族派を名乗るのなら)左翼も可と言えるほどの十分に許容できる、許容範囲が大きいところなのです。現在の世界情勢は我が国に対するあらぬ誤解が蔓延していて、それこそが常識だという風潮にさえなっています。残念なことに世界に飛躍し跋扈する嫌日君達の活躍には今のところ勝てそうにないのが事実なのです。「大虐殺?そんなモノは捏造だ」と最初から言い放っていては話しにならないのが現実なのです。あったと思いこんでいる人の話もまた許容範囲だ、と言えるくらいの大らかさが無ければ話し合い説得すらできないのです。許容範囲だと言うことと同意承認とは違うと思います。犯罪はあるのが現実でありその現実をありのままに受け入れざるを得ない、それは生きていく上での許容範囲、だからと言って泥棒を承認も同意もするつもりはありませんがでもいるんです、残念なことに。大虐殺も強制連行も日本国の国策として軍が計画的な実行した、などという夢物語を歴史として記述するのは間違いです。けれども、それらのことをまずは吟味してみましょうという姿勢から摺り合わせなければならない相手方はこちら側の数倍数十倍数万倍いるのです。
あの高度成長が止まりつつあった昭和四十年代後半の一時期のあの日にまで今一度立ち返って、そこから将来の間違わない舵取りを考えてみませんか?、これが{うぇっぶ教科書を考える会}の主張です。強固な意志を持った物腰柔らかく粘りっこい保守が必要なんです。左翼の意見を代弁できるほどの柔らかさがこれからの保守には必要だと思います。そして茶々入れを十分に受け止められるゆとりが必要なんです。真面目一直線ではいつか断ち折れてしまうと思うのです。